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『月世界旅行』 レビュー(感想)と考察

『月世界旅行』

ポスター画像出典:『Amazon

 

 
 
この世界に映画が登場してから130年。世界最初の映画は、1888年(明治21年)にフランスのルイ・ル・プランスが生み出す。オークウッド・グランジ庭園を歩き回る人々を撮影した上映時間はわずか『2秒』の作品で、タイトルは『ラウンドヘイ・ガーデン・シーン』。更に、この『月世界旅行』の監督と同じジョルジュ・メリエスが1896年に『夫人の雲隠れ』を公開。これが75秒の作品だった。

 

最初に映画黎明期のこと、中盤にこの作品の復元がどれだけ大変だったかということがこのドキュメンタリー映画からわかる。作品自体は10分程度と物凄く短いので、最後に流れるだけだ。

 

だが、この『月世界旅行』はカラーなのだが、戦争時代の映画でさえ白黒なのに、なぜ1902年のこの映画に色がついていると思うだろうか。そこには映画創作の父である、このジョルジュ・メリエスという人のマジックがあったのだ。彼は今でいうジェームズキャメロンみたいなクリエイティビティの高い人で、『月世界旅行』は『アバター』に近い衝撃の冒険作だったのだという。

 

 

映画黎明期⇒チャップリンらサイレント映画⇒第一次世界大戦⇒トーキー。

 

そしてディズニーらに繋がっていく。1899年に『シンデレラ』が登場。これはフランスの映画で、ディズニーのそれは1950年だった。ディズニーは最初、1920年頃に『アリスの不思議の国』という実写とアニメーションが混じった映画を作成し、オズワルド、ミッキーマウス等と次々と名作ヒットを飛ばす。

 

1931年 – 1932年 短編アニメ賞 『花と木』
1932年 名誉賞 ミッキーマウスの創造に対して
1932年 – 1933年 短編アニメ賞 『三匹の子ぶた』
1934年 短編アニメ賞 『うさぎとかめ』
1935年 短編アニメ賞 『三匹の親なし子ねこ』
1936年 短編アニメ賞 『田舎のねずみ』
1937年 短編アニメ賞 『風車小屋のシンフォニー』
1939年 名誉賞 『白雪姫』

 

例えばこれが、『白雪姫』までのディズニーの実績だ。そんなディズニーもチャップリンの映画が好きで、彼のような映画が作りたいと奮起した。

 

『キッド』(1921年)
『巴里の女性』(1923年)
『黄金狂時代』(1925年)
『街の灯』(1931年)
『モダン・タイムス』(1936年)

 

チャップリン映画の主な内容がこうだ。ディズニーの前に彼がいて、彼の前に

 

  1. ジョルジュ・メリエス
  2. エジソン
  3. リュミエール兄弟

 

がいた。エジソンは『エジソンズ・ゲーム』等を見ればわかるが、どちらかというとビジネスマンだった。ビジネスマンというのはビジネスに長けている人で、ビジネスが1円単位で行うことから『厳しい』と言われるが、それならウォルト・ディズニーは甘ちゃんだった。だから著作権に留意できず、『オズワルド』を提携していたユニバーサルに取られてしまったのだ。だが、その後『ビジネス』の何たるかを知り、ディズニーは世界一著作権に厳しい会社になった。この3人に通称や尊称をつけるなら、

 

リュミエール兄弟 映画の父
ジョルジュ・メリエス 創作の父
エジソン 発明の父

 

となるだろう。だが、冒頭に挙げたように一番最初に映画を作ったのはルイ・ル・プランスだ。だがそれはたったの2秒だから、映画と言わないという人がいるかもしれない。

 

『エジソンズ・ゲーム』の最後には、エジソンが『映画を生み出した人』と解釈できそうなシーンもあるが、この辺りは、最も影響力を持っている人が、『父』という尊称を持てることになるだろう。エジソンは知っての通りもっとも有名な為、彼を筆頭として映画が作り上げられた、とされる方が世が分かりやすいという一面もある。

 

この辺りのことは、イギリスが18世紀にやった『産業革命』の話が分かりやすいだろう。あの時、

ジョン・ケイ 飛び杼(ひ)
ハーグリーヴス ジェニー(多軸)紡績機
アークライト 水力紡績機
クロンプトン ミュール紡績機
カートライト 力織機
ワット 蒸気機関

このようにして技師や織匠、紡績工、あるいは牧師などが産業に関わる様々な発明をして、この世界の形を大きく変えることになる。その中でも最も有名なのが蒸気機関を発明したジェームズ・ワットだろう。

 


[ジェームズ・ワット 肖像:カール・フレデリック・フォン・ブレダ画]

 

実はワットが蒸気機関の発明をしたわけではない。ワットは、機械技師ニューコメンが1712年に実用化した蒸気機関に数多くの改良を施したのだ。

 

  1. シリンダーの冷却装置の分離
  2. 往復運動の回転運動への変換

 

この改善によって、燃費が飛躍的に向上し、それまでは『鉱山の排水用』くらいしか使い道がなかった蒸気機関の用途が大幅に広がったのである。

 

こういう風に『ワットが一番有名で、一番功績が大きい』という事実によって彼がピックアップされ、『産業革命=ワット』というイメージが浸透する。映画に関しても、またそれ以外のことに関しても大体こういう風に、誰か一人だけの手柄、ということではなく、実際には細かい複合体の協力や切磋琢磨という背景が存在するだろう。

 

1912年になると、リアルが空想を追い越すようになる。第一次世界大戦が行われ、戦争で飛行機が用いられ始めるし、人類は南極に到達した。1913年、メリエスの会社は閉鎖する。自然淘汰であった。しかし、このように映画界にも数人の重要人物がいて、それを基礎、足掛かりにして現在の映画界があることを考えると、映画を愛する人々は皆、彼ら先人の奮闘に、敬意を抱くことになるだろう。

これを観ずして映画通は絶対語れない。

 

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