『スターリンの葬送狂騒曲』
ポスター画像出典:『Amazon』
スターリンと毛沢東は、触れることがタブー視される傾向にある。だが、ヒトラーはどうだ。ドイツ人も含めて、その敷居は低い。誰もが『第二次世界大戦の諸悪の根源』と理解していて、それは『日独伊三国同盟』よりも明白に浮き彫りになっている。つまり、ムッソリーニや東条英機よりも、彼の方が暴君として有名である。
では前者の二人はどうなのか。同じように『暴君』ではないのか。それでは、なぜ彼らが現在も中国とロシアで未だに掲げられているのか。
監督のアーマンド・イアヌッチは言った。
「アドルフ・ヒトラーは毒です。ヒトラーは猛毒です。ドイツのどんなホテルでもヒトラーの肖像画は見かけませんが、私が宿泊したモスクワのホテルにはヨシフ・スターリンの肖像画が掲げてありました。彼は罰せられずにいます。私たちは彼を静かに覆い隠し、彼にそれほどの関心を抱いていないのです」
2017年9月、ロシア文化省の高官は「社会の隆起を引き起こしてロシアを不安定化させる西側の陰謀」の一部となる可能性があると主張し、ロシア当局がこの映画の上映禁止を検討していると述べた。作家・政治活動家のニコライ・スタリコフは、映画が「英国の知的階級による非友好的行為」であり「反ロシア情報戦争」の一部であることは明らかだと主張した。
これがその暴君をいじった代償たる反作用である。だがどうだ。それから5年後の2022年。ロシアがウクライナにやったことは。世界中から大バッシングを受け、一瞬の隙を見せれば世界から孤立して転落するロシアは、『最初から転落していた』のだ。それが浮き彫りになった。
つまり、この映画に対するロシアの反応は過剰であり、ユーモアの欠片もない。この映画に登場するほとんどが実在する人物であり、世界の人はこれで多くの事を学べる。一方、いじられた当人たちは過剰防衛するが、しかし、それが『過剰』であったということはウクライナの件を見れば一目瞭然だ。
我々は被害者(権利を持っているん)だ!
そういう主張がロシアの『一部』の前線にいる人間からにじみ出ている。ロシア兵士が罪のないウクライナ人にやったことはどんな言い訳をもってしても許されることではない。女性たちがどんな目に遭い、死んでいったか。ニュースで目にした人は大勢いる。彼らは一線を越えた越権的な暴君であり、『いじられた』だけで済んで感謝するべきである。
きっと、ロシアの『一部』の有識者たちは、そう言うことだろう。映画自体はおっさんばかりしかでない故一見すると地味だが、その攻めた角度然り、中々見応えがある作品である。