ポスター画像出典:『ヤフー映画』
群像劇チックで、不倫関係も描かれ、作品の着地も王道ではないので『大枠』から外れ、評価が低くなってしまっているが、私は中々感慨深いものを観た気分になった。『着地が王道ではない』というのはどういうことか。不倫自体が王道から逸れていることが分かるはずだが、ここで一度立ち止まってじっくりと自分に自問していただきたいのである。
『じゃあ自分は、王道を歩いてるの?』
人生というものは、こういうもののはずだ。アメコミのヒーローもいないし、アニメキャラもいない。ディズニーランドのような綺麗な世界だけじゃなくて、見るに堪えない凄惨な現実も多く存在している。
多様性という名の様々な正義が入り乱れ、それぞれの生きる価値観があり、人間だけじゃなくあらゆる森羅万象と共に、複雑な呼吸を交わしながら、一日一日を綱渡りのように生き、ある人は間違えて転落死し、ある人は頑丈な綱の上で優雅に寝転ぶが、しかしどんな人であっても必ず最後は死ぬ。そういう虚しく、答えのない、儚い一生を、我々は生きているはずだ。
だが、あるウェアショップが調査したところ、洋服を着るマネキンは『自分の体形に似たもの』ではなく、『美男美女』がいいという。それは一体なぜだろうか。それがこの作品と、皆がした評価に、どう関係しているだろうか。美男美女だったら最高級のキャストが揃っているはずだ。これが、色々と感慨深い理由なのである。