『火花』
ポスター画像出典:『aucfan.com』
花火ではないという理由が、映画にもwikipediaにもない。他を探せば書いてあるかもしれないが探してないし探さない。自分の感想を言おう。彼らはまるで、花火である。花火のように目立ちたがり屋で、人の前に出てどーんと騒いで、時には華やかに振舞って見せ、皆の目をくぎ付けにする。人はエネルギーがあるところに集まる。虫もそうだ。電灯に群がる。祭り、スポーツ、オリンピック、ワールドカップ。『にわか』も含め、人はエネルギーに集まる。
だが、それを言うなら芸人だけではない。人間の人生は皆花火だ。大花火のように大きく散って、広漠とした夜空に消えていく。だが、その中でより人の注目を集めるのは誰だ。打ち上げられる花火は、大きく、華やかであればあるほど観る人の目をくぎ付けにし、中には人に見られないまま散っていく花火もある。なにがいいということではない。花火のように咲いて、散っていきたい人間たちの話だ。
だが『火花』である。そこにこの物語の鍵があり、哀愁がある。