ポスター画像出典:『Yahoo!映画』
目が見えない。それだけでとんでもないことだ。我々の脳が認識している一切の事物が、その人にはすべて無縁の存在となる。本、テレビ、人の顔、花、川、山、木々、ご馳走。子供たちが楽しそうに走り回る微笑ましい光景や、大自然の圧倒的で壮大な芸術に触れ、心が動くこともないのだ。
だがこのヘレンケラーにはまだ障害がある。『耳も聞こえない』のだ。こうなるともはや、我々が持っているありとあらゆる常識や道徳、マナーや哲学といった一切の『理性』は無力である。彼女にあるのは『野性』だ。それは同じ病を持って生きた実在の女性を描いた『奇跡のひと マリーとマルグレット』の映画を観ても分かることである。
大変なのは当人だけではない。当人を『導く』ための教師もまた、壮絶な人生を強いられることになる。この二つの作品は軽はずみに見ることはできない。最低でも『4人』の人たちの壮絶な人生を覗くことになるからだ。だが、この世に存在する親も含めたすべての『教師』は、彼女たちの人生を直視しなければならない。
それで何を思うかだ。それがその人が親、そして教師に相応しいかどうかを決める試金石となる。
ヘレンケラーは言った。